ベリーAの畑が増えてしまってから

なごみLABOの「ベリーA物語」

21世紀の「ベリーA」を思う
栽培を始めたきっかけ
ベリーAの畑が増えてしまってから
なごみ農園にはベリーAをたくさん作る必要はなかった


 わが家が所有しているベリーAの畑は、わずか7畝ほどの1面しかなく、他は全てお借りしている農地です。その農地を借りることになったとき、すでにその畑にはベリーAの木が植わっていました。中には約半世紀ほど生きているベリーAの老木ばかりの畑もありました。その時辺りを見回すと、すでに新しい大粒の品種に多くのぶどう農家が切り替え始めている頃でした。
 これはどういうことかというと、大粒ぶどうに切り替える、即ち、これからも市場主義に徹して「ぶどう」の栽培を続ける農家があれば、一方で、畑にベリーAの木が植わったままそれをよそに貸し「ぶどう」の栽培をやめる農家があるということです。後者は、つまり、後継者がいないまま超高齢化を迎えた農家です。
 そういった農家から農地を借りるとき、その無念さを無視することは困難です。借りた畑に何を植えるかなど、借りた方が自由に決めるべきことでしょうが、ベリーAの曲がりくねった老木を見て触れれば、そう簡単に切り倒してしまうことなどできません。そこには農家の一生が表現されているのですから。

 現実には、そのベリーAの本数、収穫量は、明らかに母一人の手に余るものでした。ただ、母の目には、寂しそうにベリーAの畑を見つめて座り込んでいる農家のおじいさんの姿が焼き付いていました。我が家に代々伝わる「お人好し」DNAが働いたのでしょうが、どうにもこれには逆らえないのです。こうして、我が家のベリーA畑は、およそ4倍に広がりました。それでも一般には、とても専業ではやっていけない面積ですが、母の頭の中には、端から農協を通して(農協の規格と取引条件にしたがって)市場に出荷することはありませんでしたので、これらをすべて直販でどうにかするとなると、ちょっと考えないといけないな、ということになりました。

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